つな引かれ父さん、つな引き父さん
つな引かれ父さんと、つな引き父さん。
つなに引かれるお父さんはいつも毎朝同じ時間に起き、僕が朝目覚めると自宅にはいなかった。
帰宅の時間も遅く、帰宅したらごはんを食べて、風呂に入って寝る。
夜更かしをすることなく、決まったリズムで生活することが習慣だった。
家庭では仕事の不平不満を一言も発することなくサラリーマン人生を終え、定年を迎えた。
しかし無趣味でありかつ体力が有り余っていたのか、名もない企業に再就職した。
父は今でも元気そうだ。
片やつなを引くお父さんは朝起きる時間はバラバラだった。
僕が朝目覚めると遊び相手になってくれることもあれば、まったく相手もしてくれない時もあった。
帰る時間はバラバラで早い時もあれば遅い時もある。時には1ヶ月も帰ってこないから不安だった。
夜遅くに帰宅したと思いきやまたすぐ出かけたりして、子供の僕にはお父さんが何をしているかさっぱりわからなかった。
家庭では仕事の思いを熱く語り出したりすることがたまにあったけど、はっきり言ってうっとうしいし無視していた。
年を取っても好奇心旺盛なのか「ちょっくら冒険に出てくる」とかいってまだ帰ってきていない。
父は恐らくどこかで冒険を楽しんでいるのだろう。
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時代は変化し、大手企業の経営が危ぶまれ、M&Aにより合併が相次いだ。
つな引かれ父さんは20年間勤めてした会社がリストラに合い、突如解雇を言い渡される。
再就職先を探すも、すぐに見つからないようだ。
収入の無い状況の中、お母さんの機嫌が悪くなっていた。
家にいてもお母さんの機嫌が気になるのか、私と外に出て遊ぶ機会が増えた。
父と遊べるのは初めは嬉しかった。
片やつな引き父さんは自由きままに仕事をしていた。
雇われていないから解雇も言い渡されることはないようだ。
収入も不安定で、昔は海外旅行に連れていってもらったけど、最近は仕事がうまくいっていないのか、海外旅行に久しく行っていない。
母はそんな父をただただ見守っていた。
子供の私には父の自由奔放さについていけなかった。
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「金持ち父さん、貧乏父さん」をもじって人生における2種類のお父さん像を描いてみた。
分析すると、つな引かれ父さんの主体は家族だ。
家庭を支える稼ぎ頭としての機能を果たしている。
自分の人生というよりも、家庭のための人生である。
片やつな引き父さんの主体は自分だ。
家庭のための人生というよりも、自分の人生を生きている。
家庭からしたら、好き勝手なお父さんだ。
昔はつな引かれ父さんでもよかったかもしれない。
しかし、時代は変わりつつあることを今一度理解する必要がある。
終身雇用の時代は終わり、会社にしがみついていても、リスクはつきものであることを認識しなくてはならない。
どちらの父さんを思い描き、行動するべきなのでしょうか?
答えは無いが、主体とする対象を考えるきっかけにしていただければと思う。
人生というつなをたぐり寄せれるのは自分だけ